Doer’s File : 第1回
今注目のメンタルヘルスケア手法、「オープンダイアローグ」体験記。
「Doer‘sFile」は、大広社員が関心のある領域について、自主的にワーキンググループを発足し、研究・プランニングから提案・実行までを行う活動。社内の様々な部門・部署から、志を同じくするメンバーが集まり、知見の収集→発展→実践→共有を行っている。SDGsやD2Cなど、注目のテーマや社会課題に取り組み、ナレッジの集積やクライアント企業への自主提案などに活かしている。
今回は、その中の一つ「SDGsチーム」のメンバー8名が、メンタルヘルスケアの新しい手法「オープンダイアローグ」の体験をレポートする。
大広社員が関心のあるテーマについて主体的に取り組むDoer’sですが、厚生労働省の「患者調査」によると、精神疾患のある総患者数はおよそ420万人に及びます(2017年)。一方で、2022年9月には、国連障害者権利委員会から日本政府に勧告が行われ、精神科医療の非人道性が指摘されています。社会構造の歪みがもたらす生きづらさから、誰もが調子を崩す可能性がありますが、そうしたときに当事者を支える体制が日本では十分ではありません。こうした問題に何かアプローチができたらと考えています。
対話による回復とは?いま注目を集める「オープンダイアローグ」
情報収集していくなかで、昨今オープンダイアローグという対話に注目が集まっていることを知りました。オープンダイアローグはフィンランドにあるケロプダス病院で生まれ、「開かれた対話」といわれています。医師と患者のほか、患者の家族や友人、臨床心理士や看護師といった複数の専門職が1つのチームとなり、繰り返し「対話」を重ねていくというものです。これまで投薬や入院中心の医療だったところから、「対話」を用いて回復を目指していくことに大きな注目を集めています。また精神科医療の領域だけではなく、「組織、学校、家庭、身近な人間関係などに活かすことができる」※1と考えられており、あらゆる領域での活用に期待が集まっています。
※1 井庭崇・長井雅史 2018年 『対話のことば オープンダイアローグに学ぶ問題解消のための対話の心得』丸善出版.
そこで、メンタルヘルスに関する課題解決に向けて学びを深めるため、兵庫県立大学環境人間学部の竹端寛さんと医療法人光樹会たかぎクリニックの岡田愛さんにご依頼し、オープンダイアローグの考え方をベースとした「ただ聴くこと」のワークショップを企画いただきました!
オープンダイアローグにおけるポイント
ワークショップはオンラインにて3時間実施し、メンタルヘルスチームほか12名の大広社員が参加しました。内容については以下の通りです。
- ●チェックイン
- ●ワーク①:なぜ「いま・ここ」にいるのか?
- ●ワーク②:モノローグとダイアローグについて
- ●ワーク③:悪循環から脱出するために
- ●ワーク④:ただ聴く・じっくり聴く
- ●チェックアウト
○ワークショップの様子
ワークの前には、オープンダイアローグにおけるポイントをご共有いただきました。なかでも、“他者の他者性を理解するための対話”が重要なポイントだと教えていただきました。
私たちは家族や長年一緒にいる友人や知人のことを“よく知っている”と思っていないでしょうか。オープンダイアローグでは、知らない、わからない、ということを前提として、「その人のことを“よく知っていてもよく知らない”がいかに維持され続けるか」、「知っているふりではなく、わからなくても対話を続けていく」というような姿勢が求められるようです。知っている、わかっていると思うことは思考がクリアになるので、気持ちがいいものかもしれません。一方で、知らない、わからない、という前提にたつからこそ対話の可能性が開かれていくともいえそうです。
オープンダイアローグを体験する
さて、ワークを通して実際にオープンダイアローグを体験していきます。ご提示いただいたテーマをもとに4人程度のグループに分かれて実際に対話をしていきました。たとえば、ワーク③の「悪循環から脱出するために」についてみていきます。このワークでは、下記のケースをもとにどうやったらこの悪循環は解決するかについて考えました。
ちなみに悪循環の定義とは以下の通りです。
「悪循環とは、ある人が自身の置かれている状況を問題のあるものとみなし、これを解決しようとする行動に出るが、この解決行動自体がとうの問題を生み出してしまうというメカニズムを持ち、しかもこれが反復的に繰り返されるものを言う。」※2
※2 長谷正人 1991年 『悪循環の現象学 「行為の意図せざる結果」をめぐって』ハーベスト社.
「解決しようとする行動に出るが、この解決行動自体がとうの問題を生み出してしまう」という状況をケースにあてはめてみていきます。娘が門限を守らないことに対して親は立腹し門限を早めようとしますが、それは親なりの解決行動といえるでしょう。しかし、この親の解決行動自体に娘は立腹しまた門限を守らない、そしてまた親は立腹する…ということが起こっています。
悪循環の構造において、しばしば「偽解決」という「こちらの『常識』が『正しい』と思い込み、こちらの事情を話せば分かるはずと思い込む」ことが起こるようです。もしかしたらこの親子の間では、それぞれの「常識」や「正しさ」がぶつかりあっているのかもしれません。グループ内では、娘が門限を守らないのは何でだろう?親が立腹するのは娘が心配だから?など、娘や親の理解に努めました。お読みいただいているみなさんなら、どのようにこの悪循環を解決に導くでしょうか。
ワークショップでは、「『こちらのことを理解してもらう』前に、『相手の内在的論理を理解する』ことが必要不可欠である」ということを教えていただきました。そうして「『自分が理解された』と感じると、相手の話に初めて耳を傾ける事ができる」ようです。
「ただ聴く」ということ
最後のワーク④「ただ聴く・じっくり聴く」では、グループ内で話し手・聞き手・観察者の役割にわかれて25分間のワークを行いました。ワークの流れは以下の通りです。
- ・10分間、聞き手が話し手の話をじっくり聴く。観察者は全体を観察する。
- ・その後、2~3分で観察者は何が観察できたのか、を報告してもらう。
- ・その後、10分程度でどう感じたのか、をグループ内でシェアする。
話し手は「いまモヤモヤしていることのなかで、話してもいいと思えること」をテーマにお話いただきました。私のグループでは、仕事にかんするモヤモヤが共有されたのですが、聞き手はとにかく聴きます。判断やアドバイスをすることなく、ただただ聴きます…。これがなかなか大変で、あとのどう感じたかの共有の時間に聞き手より「本当はアドバイスしたくなっていた」という話もでました。「ただ聴く」ということが、いかにむずかしいかを感じさせるエピソードでした。
10分後、観察者は思うままに観察できたことを話します。これはオープンダイアローグにおけるリフレクティングという時間でした。観察者からの言葉は何が話されるのだろう?と関心がもたれ、聞いている側は自分自身の内なる声との対話をする時間になるなど、そこからまたグループ内で対話がふくらんでいく働きをもちます。
とにかく「ただ聴く」、先ほどの悪循環に関するワークで示された「相手の内在的論理を理解する」、ということは、話し手にどのような影響をもたらしたのでしょうか。グループごとのシェアが終わったあとに、参加者全体での共有がなされ感想がでてきました。
- ・とにかく聴いてもらうことで、信頼感や安心感が生まれた
- ・まずアドバイスではなく、こちらの状況を理解してもらったうえでのアドバイスなら、アドバイスへの感じ方は変わってくる
- ・話を聴いてもらったり観察者から話をされたりするなかで、モヤモヤがどうでもよくなってきた
どうやら話し手のなかで、周囲との関係性が変わってきたような感じを受けます。さて、なぜこのようなことが起こっているのでしょうか。ファシリテーターを務めてくださった兵庫県立大学環境人間学部の竹端寛さんと医療法人光樹会たかぎクリニックの岡田愛さんにお尋ねいたしました。
対話による回復
― オープンダイアローグによってモヤモヤがどうでもよくなってきたというような気持ちになるのはなぜなのでしょうか?
竹端さん:モヤモヤは何らかの形での言語化を求めています。でも、最初から論理的で一貫した内容にはなりません。ああでもないとかこうでもないとか、ああでもありとかこうでもあるとか、寄り道や回り道をして話しているうちに言いたかった思いの核心に届くことがあります。オープンダイアローグというのは、安心してモヤモヤを話せる場をつくることにより、隠された思いの核心を表現する機会を与えてくれるのかもしれません。モヤモヤの背景にあるものが表現されると、モヤモヤが消えていくのです。
― ぜひお二人からもオープンダイアローグの可能性について教えてください。
竹端さん:医療の場面に限定せずとも、悩みや苦しさを抱える会社員の間でも、アドバイスは横に置いてただただ聴くというのは、価値あることかもしれないな、と感じています。私は学生だけでなく、社会人の福祉現場の人と対話をしていても、そのことを感じます。現場の人の話をただただ聞いているうちに、涙を流しながら抱えていた思いを語る方と、毎年何人も遭遇します。いかにじっくりと「ただただ聴く」場面を求めておられたのか、でもそういう機会がなかったのか、と感じます。
岡田さん:精神的な危機状態といわれる状況で、まずオープンダイアローグのような支援が提供される体制があれば、よりご本人が望む生活ができるようになる可能性が高くなります。また医療現場のみならず地域のさまざまなところで取り入れられていくと、社会全体で当事者の方たちやそのご家族を支える体制がより整えやすくなるだけでなく、誰にとっても暮らしやすい社会になっていくのではないでしょうか。
ワークショップを終えてから、メンタルヘルスチームでは「オープンダイアローグの可能性」として今回の学びを下記の図に表しました。地域で支えあったり、医療現場でオープンダイアローグが取り入れられたりしていくと、本人やその家族が支えられるような体制がつくられるように思いました。
この度のワークショップを通じてオープンダイアローグへの理解を深めることができ、大変ありがたい機会となりました。医療の現場に限らず、身近なところでも大切なアプローチになるということで、日頃の生活でのコミュニケーションが対話的であることがメンタルヘルスにおける課題の解決につながっていくのではないかと考えさせられています。得られた示唆を今後の活動に活かしていきたいと思います。
■メンタルヘルスチームチームメンバー(五十音順)※2023年3月ワークショップ実施当時
- 株式会社大広 東京第1BAP本部 顧客価値開発局 顧客発掘チーム 倉田潤
- 株式会社大広 大阪BAP本部 顧客価値開発局 顧客発掘チーム2 下村真代(執筆)
- 株式会社大広 大阪BAP本部 顧客価値開発局 顧客発掘チーム1 千地絢子
- 株式会社大広WEDO 大阪クリエイティブ力Division チーム栗波 浜田英之
- 株式会社大広WEDO 大阪クリエイティブ力Division チーム栗波 松田恵美子
- 株式会社大広 大阪BAP本部 第2プロデュース局 大畠チーム 山下有紀
- 株式会社Hakuhodo DY Matrix CRM戦略推進ユニット 山野井雅子
- 株式会社大広 顧客価値経営本部 経理財務局 経理チーム 吉田新
END