Vol.40 Share on Facebook Share on Twitter

D2Cビジネス企業インタビュー 第1回
老舗ゴムメーカーが感じた「D2Cビジネスの可能性」

大広・大広WEDOは現在、D2Cビジネスに注力している。D2Cとは「Direct to Customer」の略(※本来はDirect to Consumerの略だが、『顧客価値』の追求をミッションに掲げる大広・大広WEDOはこのように定義している)で、主にECサイトやSNSなどを通して、企業と顧客が直接繋がり取引をするビジネスモデルだ。

従来、企業と顧客は“売る⇄買う”という一時的な関係性に留まりがちだったがWEBやSNSが普及した現在、企業が顧客と直接繋がることが容易になった。直接コミュニケーションを取ることができるので、「顧客と共により良い顧客価値を共創していく」こともできるようになったのだ。そんな無限の可能性を秘めた新しい「D2C」というビジネスモデルに、大広は「クリエイティブ」の視点からどのようなアプローチができるのか? それを探求する社内有志チーム「Doer`s」が2021年度に発足され、以後日々その研究に勤しんでいる。

今回はその活動の一貫として、D2C事業で成功を収められている企業様にインタビューを敢行。その成功の秘訣を学んできたので、ぜひ最後までご覧いただきたい。

取材・記事執筆は、株式会社大広WEDO 大阪クリエイティブDivision
コピーライター 浜田英之

普段はダイレクトマーケティングのコピーライティングを担当。趣味は映画鑑賞。

初回のお相手は、大阪府八尾市にある「錦城護謨(きんじょうごむ)株式会社」。工業用ゴムの老舗メーカーとして86年の歴史を誇る企業様だ。彼らが今回開発したのは「シリコーンロックグラス」。なんとゴムの技術で開発されており、割れたりせずグニャリと曲がる今までにないロックグラスとして今大きな注目を集めている。
公式サイト:http://www.kinjogomu.jp/
https://www.kinjojapan.com/

スタートアップ企業などと相性がいいとされるD2Cビジネスを、どのような経緯で老舗メーカーが実践し、どのような成功を納めたのか? 太田泰造社長にお話を伺ってみた。

太田社長:私が社長に就任したのは、2009年。ちょうどリーマンショックの真っ只中で、社員たちがまともに週5勤務できないぐらい厳しい状況だったのを覚えています。さらに2011年には東日本大震災が起き、離職率も増加しまして。なんとか会社を盛り上げようと、注力していたのが外部への情報発信でした。

浜田:具体的には、当時どのような活動をされていたのでしょうか?

太田社長:メディアへの出演、そして「大阪ものづくり優秀企業賞」にも応募していました。デザイン賞などの受賞を通し「自分たちの会社はいい会社だ」と感じることができれば、離職が続く状況も変わると当時は考えていたのです。

しかしいくら頑張っても、離職数が減る気配はなくて。理由をより調べるべく「何のために働いているのか」を社員たちに聞いてみたんです。すると返ってきた答えのほとんどが「お金のためだけ」でした。

一生の時間のほとんどを費やす仕事の目的が、ただお金を貯めるだけになっている。朝から晩までお金のために職場でただ時間を過ごす。そんな考え方が社内に蔓延している事実を知り、すごく寂しくなりました。

錦城護謨自体は、決して世の中に貢献していない会社ではないんです。むしろその物作りの技術で年間約5000種類におよぶ品を生み出し、多くの業界の方に喜んでいただける高い技術力がある。それが1番伝わってほしい社内のメンバーには全く響いていなかった。だからどんなに外部に情報発信しても、モチベーションが上がらず離職が止まらない。その事実が本当に寂しくて、当時とても悩んでいました。

浜田:聞いているこちらも辛くなるような、本当に壮絶な状況だったんですね……そんな中出会ったのが、シーラカンス食堂のデザイナー小林新也様(https://www.c-syoku.com/)だったんですよね。彼との邂逅が御社の運命を大きく変えたと伺いましたが、当時のこと詳しくお聞かせください。

太田社長:「自分が作っているものの素晴らしさを、もっとわかりやすい形で伝えることが実現できたら、社内の状況も変わるはず」そんな想いを一人の社員が弊社のクライアントにある日聞いていただいたところ「それなら面白い人を紹介するよ」と教えていただけたのが、小林新也さんでした。

実際お会いしてみて、とても魅力的なデザイナーさんだと思ったのですが「いつか何か仕事でご一緒したいですね」という挨拶程度で当時は終わりました。その後の2019年に(本社がある)八尾市にて「BtoB向けのものづくり企業の技術とデザイナーの提案を掛け合わせて、そこから世界に通用するようなプロダクトを生み出す」企画、通称「YAOYA PROJECT」が立ち上がりまして。

八尾市が複数のデザイナーに声をかけて、彼らからの提案企画を選考する。この新しいチャレンジを通して、社内に変化を起こせるのではと期待し彼らの名前を見たら……そのデザイナーさん達の指導者の名前に「小林新也」と書いてあって(笑)だからこの企画以前にあった「人と人との繋がり」から彼との交流はスタートしていたんです。

浜田:まさに運命的な再会、巡り合わせだったですね……!

太田社長:とはいえ、いくら彼に依頼したくても平等に見ないとと思い、他のデザイナーさんからもいただいた30件のアイデアを見させていただいたのですが……それでも小林さんの提案は最後まで実施案の候補に残っていきまして。何故なら、彼の提案はものづくりの先にある「どうやって販路を開拓していくか」の視点があったからです。

また製品開始の翌年2月には「クラウドファンディングをしなければいけない」というゴールがこの企画にはあって。通常1年かかる製品開発を、半年間でしなければいけないという時間の制約があったんです。そして一般の方の日常に溶け込んだ何気ないものを開発し、社内のスタッフが「これが錦城護謨だ」と実感できるものを生まなければいけない制約。その二つの条件をクリアしていたのが、小林さんからご提案いただいた「ロックグラス」でした。

太田社長:グラスって、絶対どの家庭でも使われているじゃないですか。だからこそ多くの人に認知されるはずだし、半年間で開発できる可能性もある。そんな理由で、彼の案を選びました。

浜田:なるほど、小林さんのいかにして販売が広がるかを見据えた鋭い視点から「KINJO JAPAN」は誕生したんですね……それだけでなく今回のD2Cブランドの立ち上げに伴い「ゴムとは何か?」の再定義をされたそうですね。

太田社長:これまでゴムの価値は「耐熱性」や「伸縮性」などの機能性を軸に、いろんな完成品に入ることでその役割を活かせるものでした。今回もそういった機能の訴求を最初は考えていたのですが、ある時小林さんからこう指摘されまして。

「シリコーンゴムはケイ素でできていて、カーボンなどが入っていない。つまり、サステナブルな価値があるのではないか」と。

「ゴムだから割れない」「グニャリと曲がる」そんな機能性よりも、小林さんや参加メンバーとのディスカッションを経て得た「ゴムに対する新たな視点」から、この再定義に至りました。訴求すべきなのが本質的な価値だと気づくのに、半年間かかりましたね。

ブランドを立ち上げるからには、海外にも通用するものを開発したい想いもあって。そのためには日本独自の製品であることが大切な一方で、ヨーロッパなどで重要視されているサステナブルな観点も重要と小林さんから聞いていて。そこへ展開するためにも、自然由来という視点にたどり着けたのはとても大きかったですね。「ゴムを透明にする」という新しい素材の技術と、86年間私たちが積み重ねてきたクラフトマンシップの掛け合せで生まれたイノベーション、それがこのロックグラス「KINJO JAPAN E1」なのです。

浜田:これまでの歴史と新しい技術の「掛け合わせ」、ですか?

太田社長:社内と社外の想いもそうだし、全く違う事業のメンバーが手を携えて考えた「想いの掛け合わせ」の企画なのも良かったと思います。おかげで私たちがやるべきこととは「ただ売るだけではなく、社会の流れやカーボンフリーといったマインドで日本らしさを伝えていく」ことだと気付けました。

開発には時間的な制約もあったので妥協する可能性もあったのですが、デザイナーも開発メンバーもとことんまで駆け抜けました。結果として原価が高くなってしまったのですが(笑)フラグシップ商品でしたから、後悔はしてないですね。そこに私たちのゴムに対するプライドというものも、反映されていると思います。

浜田:多方面の想いの集大成として、このグラスは完成したんですね……そうして企画がスタートした時、社内の反応はいかがでしたか?

太田社長: BtoBビジネスで86年間仕事をしてきた自分たちが、いきなりBtoCの自社ブランドに挑む。そのことを社員たちは最初受け入れてくれず「そんな挑戦するなら、本業しっかりやれよ」という反応も多かったです。それが変わったのが、半年後に実際に行われたクラウドファンディングの結果。なんと「KINJO JAPAN」に400人近い人たちが賛同してくださったんです。
https://www.makuake.com/project/kinjogomu
普段付き合いのあるステークホルダーや顧客ではなく、しがらみのない一般の方が「こんな良いグラスがあるんだ」と沢山共感して応援してくださったおかげで、社内の雰囲気が一歩変わりましたね。

浜田:クラウドファンディングを封切りに、どのように変化が社内に広がっていったのでしょうか?

太田社長:「KINJO JAPAN」が世に出た時、Twitterで15万いいねもらえるほどバズったんですが、社員たちはキョトンとした反応でした。今まで作ってるものの情報が公開できないBtoB企業だったから、SNS関係の知識があまりなくて。でもそこから世の中に認知されることで、自分たちのやっていることの凄さ・どれだけ社会と繋がってるか理解できる大切さ、面白いことをやればたくさんの人に評価してもらえる喜びが伝播したんです。これを受けて正式に広報部も設立しました。

そこから「おもろい事されてますね」みたいに言ってくれたり、開発の作業を手伝う人が増えたりとジワジワ熱量が社内に広がっていきましたね。またSNSでの拡散などを通じ「ポップアップストアを出しませんか?」などのオファーも来るようになって。今まで繋がってなかった業界やデザイナーから声をかけられて新しいビジネスサイクルが回っていくことに、とても驚きました。

太田社長:更には「このグラスがテレビで特集されてるのを見て、説明会に来ました!」という新卒の子も出たりして。社内でも「もっと新しいことにチャレンジしたい!」という声も若い層から聞こえるようになり、そんな反響がどんどん聞こえてくる雰囲気に変わったのがすごく嬉しかったです。

ある1人の社員と喋っていて「1年前とは別の会社みたいです」と言ってくれたこともとても嬉しかった。朝来てタイムカード押してただ作業して帰る今までの流れが、現場レベルで肌で感じてくれてるんだなと。

このグラスを家に持って帰ったら、誇れるものとして紹介できる喜びを感じている社員もいて。家族からリスペクトされるコミュニケーションが増えたそうで「小学生の息子がこのグラスを自慢したいと言ってくれてすごく嬉しかった」という話も聞けるようになりました。

よりこの伝播を広げようと、去年の10月に「KINJO JAPAN」のグラスを全社員に配ったんですよ。これだけ社員がいると少なからず傍観者のように斜に構えている社員もいて、どうやったら彼らを巻き込めるかと考えた時に「このグラスを半年使ってみて使用感やアイデアをぜひ教えてほしい」とアンケートで意見を募ることに。どんなフィードバックが聞けるのか、とても楽しみですね。

浜田:お話を聞いてて、温かい空気に社内が満ちていく光景が目に浮かびました……そんな流れを受けて新しく「ワイングラス」と「カラーシリーズ」の開発・販売にも挑戦されていますよね。

太田社長:この「KINJO JAPAN」を単発で終えるなら一時的なブームになってしまうので、二の矢・三の矢を撃つことは最初から考えていまして。中期的なマイルストーンとして「ワイングラス」と「カラーシリーズ」をきちんと作れたことは、重要だったなと思っています。セレクトショップさんやデパートに出すなら、単品ではなくラインナップにしないと扱ってもらえないので、拡充は必要不可欠でした。

太田社長: (カラーシリーズに関して)ゴムのプロフェッショナルをしてきた中で、色をつけるのはこれまでに無い技術を使ってるんですよね。これまでゴムに色をつける時は原材料に顔料を混ぜ込み、色のついたシリコーンを使うのが当たり前だった。しかし今回、それだとこのシリコーングラスの「透明感」という伝えたい特徴が伝わらなくなってしまう。そこで詳しくはお伝えできませんが常識にとらわれない新しい技術を用いました。うちがまさに86年間積み上げてきた技術力と新しい技術の掛け合わせから生まれたイノベーションがこの「カラーシリーズ」ですね。

浜田:D2Cブランド「KINJO JAPAN」を経て、以前では考えられないほど多くの可能性が広がったんですね。では今後はどのような展開になっていくことを想定されているのか、ぜひお聞かせください。

太田社長:グラス以外の食卓製品でも、展開できるなと考えています。食卓にはお皿や花瓶、間接照明といった割れるリスクのあるものが多いじゃないですか。それらが割れないなら、あの空間の雰囲気や時間がより価値のあるものに変わる。もっと広げるなら、パッケージやこれまでプラスチックで作られてきたものに採用することでもゴムのサステナブルな価値を提供できる。大量の製品を使い捨てることがなくなるから、二酸化炭素の減少にも繋がる。そういった分野にも、私たちの技術が活かせると考えています。

より大きな話をすると「ビジネスの循環を回す」ことも想定しています。売れる売れないだけではなく、これをきっかけに今まで繋がらなかった方々と繋がり、新しいエリアへビジネスを広げていく。BtoCからBtoBへ新しい循環をぐるぐる回すのが、目指していくべき方向性だと考えています。

その過程で、社員達の働く時間の意味や価値が向上できるなと思っていて。給料も大事だけれど、それ以上に世の中に必要とされる実感の向上により「人生の大部分を占める仕事の時間」を意味のあるものに繋げられる。そこに大きな価値を感じています。

太田社長:またこの大阪の地から「ものづくりを通した日本の素晴らしさ」を世界中に発信したくて。サステナブルな未来を作るために新しい製品をメーカーの立場から作り、使い続ける所まで提言すること。それが私たちがこれから向かうべき、新しいメーカーの形だと思っています。

浜田:そんな次のステップに行くために、今感じている課題感は何でしょうか?

太田社長:現在コロナ禍なので、海外と繋がりにくいのは課題ですね。小林さんが持っている人脈や公営支援機関などの力を借りながら、世界に私たちの想いを発信する方法を模索しています。

そのためにも「どこにどうやっていつ行くのか」というロードマップ設計と、そのためのプロダクトや商品展開も大きな課題です。計画的に途切れずにその次のものにチャレンジしていかないと、今まで築き上げたブランディングやコミュニティを活かせなくなってしまうので、継続してヒットを当て続けたいですね。

浜田:とてもD2Cの持つ大きな可能性を感じられるお話、ありがとうございました……! では最後にそんな太田社長が考える「D2Cブランドを老舗企業が実践する魅力」をお聞かせいただければ幸いです!

太田社長:外向きな視点では、新しいビジネス・売上につながるチャンスが生まれること。内向きな視点では、自分たちのやってる仕事の意味や価値を再確認できることですね。エンドユーザーのリアルな声が、D2Cビジネスならダイレクトに聞くことができる。その声を喜べたりマイナスの面を改善できるのは、私たちのようなBtoBの老舗企業からすると、とても大きな魅力だと思います。

そして、スタートアップ企業のD2Cブランドにはない強みになるのが「既存事業のリソースを活用できること」。長年の歴史が積み上げてきた物語の重みや信頼性を生かした新規事業ができるのは、老舗企業ならではだと思います。

コンシューマーやエンドユーザーの方々は、裏側にあるストーリーや想いに共感して購入してくださる。特に若年層の方の購買行動は、今変わってきている。それに対応する新しさやスピード感などの面でスタートアップやベンチャー企業は、私たちより強いんです。けれど私たちには積み重ねた歴史があって、自分たちにはそのユニークさを活かすことができる。それこそが老舗企業がD2Cビジネスに挑む魅力だと私は考えていますね。

※「KINJO JAPANワイン形状」は2022年7月一般販売開始予定

END

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