Vol.15 Share on Facebook Share on Twitter

「気持センシングラボ」対談 第7回(後編)
マーケティングの新しいプラットフォームを目指して

最新のテクノロジーを使って人々の気持ちや感性を分析し、真の意味での「心地よい」マーケティングの実現を目指すプロジェクト「気持センシングラボ」。前回に続き、そのメンバーの一社であるSOOTHの代表取締役・額田康利氏、同社のスーパーバイザーで芝浦工業大学名誉教授の大倉典子氏、プロジェクトのまとめ役である大広の山口大道の3人による座談会をお届けします。テクノロジーと社会の関係、気持センシングラボのビジョンなどが熱く語られました。

本記事は、博報堂DYグループ“生活者データ・ドリブン”マーケティング通信に掲載されたものを転用しています。

左:SOOTH株式会社 代表取締役 額田康利氏
中央:芝浦工業大学名誉教授 / SOOTH株式会社 スーパーバイザー 大倉典子氏
右:株式会社大広 顧客価値開発本部 東京第2顧客獲得局 小澤チーム プロデューサー 山口大道

失敗は成功に至る工程の一つ

山口:僕たちはこれまで、脳波や視線、表情といった生体反応によって生成された「バイタルデータ」をマーケティングに活かす、と言ってきました。一方、大倉先生は「生体信号」という言葉をお使いになっていますよね。バイタルデータと生体信号の違いを教えていただけますか。

大倉:例えば脳波の場合、リラックスするとα波が増えるとか、ワクワクするとβ波が出ると言われますよね。でも、脳波自体は一つの信号なんです。で、それを分析することによってα波とかβ波といった変数が得られるわけです。視線の場合もそうですよね。計測によって得られる信号は一つですが、その結果として導き出される変数にはさまざまな種類があります。もともとの信号が「生体信号」で、そこから得られる変数が「バイタルデータ」。そのような理解でいいと思います。

山口:先生は長年その研究に携わってこられたわけですが、研究分野としてはかなり難しい領域と考えていいのでしょうか。

大倉:難しいですね。実験の98%は失敗します。生体信号は個人差が大きくて、しっかりした基準値を設定して、それに対する変化を緻密に見ていく必要があります。また、外部からの影響を受けやすいので、実験の環境を徹底的に整える必要があります。経験やノウハウを駆使して、2%の成功率を可能な限り上げていく。それが研究者の腕の見せどころです。

山口:新しいものを生み出そうとすれば失敗がつきものということですよね。僕は何かにチャレンジしようとするとき、本質な意味での「失敗」はないと思っているんです。仮説を立てたけれど、そのとおりにいかなかった。それは「失敗」ではなく「経験を積んだプロセス」と捉えています。その経験を次にいかしていけばいいだけのことで、それをもし失敗と呼ぶのならば、失敗とは成功に至る工程の一つに過ぎません。

山口大道

額田:今の世の中は、失敗に対して過剰に反応するところがありますよね。

山口:そうなんですよ。これは声を大にして言いたいのですが、多くの人が「最適」ではなく「最短」を求めすぎていると思うんです。できるだけ失敗を避けて、短い時間で、最短距離でゴールに到達しようとしている。僕は大事にしている概念として「プロセス主義」とよく言っていて、プロセスを積み重ねることで、わからなかったものがわかってくるということがあるはずなんです。ショートカットしようとすると見えるものも見えないし、効率化が行き着く先には平準化しかありません。そこから人々の生活や社会を豊かにする方法は出てこないと思います。

新しい技術には「正しさ」が必要

山口:話を生体信号に戻しましょう。異なる生体信号を組み合わせると新しい価値が生まれると僕たちは考えているのですが、先生はどう思われますか。

大倉:そう言えると思います。例えば、視線がある場所にとどまっているときの脳波の状態を計れば、視線と脳波の関係がわかりますよね。そうすれば、視線の動きからその人の心の状態がある程度わかるようになるはずです。

山口:表情と脳波でも同じことが言えますよね。表情と脳波のそれぞれのデータを大量に集めて機械学習にかければ、表情を見るだけでその人の本心がわかるようになるかもしれない。

大倉:脳波ではなくアンケートベースのデータと、表情の組み合わせをデータベースにして販売している企業はすでに海外にあります。しかし、そのソリューションは倫理的に問題があるとの指摘もあります。カメラの前を通っただけで、その人の気持ちがリアルタイムでわかってそれが表示されてしまうからです。本人の許可なく「感情」という個人情報が人目に晒されてしまうわけです。

額田:あれは社会実装が難しい技術ですよね。僕はやはり、新しい技術には「正しさ」が必要だと思うんです。「トロッコ問題」はご存知だと思います。二股に分かれているレールがあって、まっすぐ行けば5人の人を轢いてしまうことになり、右にスイッチすれば1人の人を轢いてしまうことになる。もしそのトロッコが自動運転車だった場合、AIにどのような選択をさせればいいのか──。

額田康利

もちろんこの問題に答えはありません。しかし、新しいテクノロジーを社会実装しようとすれば、このような難問にぶつかる場面は常にあります。難問にぶつかった場合、僕たちが拠りどころとすべきは「多くの人が理解し、納得できる」ことだと思います。そのために必要なのが、「正しさ」です。歴史的に多くの専門家によって証明されてきた学説に基づいて、正しい方法論を選択し、正しいプロセスを踏んでいけば、そこには理解と納得が生まれます。その理解と納得の積み重ねがいわば文化になり、文明になっていくのだと思います。

山口:それが、本当の意味でテクノロジーが社会に実装されるということですよね。

額田:そのとおりです。マーケティングに新しいテクノロジーを使う場合は、それを活用するクライアントの側にも、生活者の側にも理解と納得がなければいけません。理解と納得が可能な仕組みをつくることが、技術をホワイトボックス化するということです。学術の世界で生きてこられた大倉先生と力を合わせることによって、それが可能になると僕たちは考えています。

自分たちがやってきたことは間違っていなかった

山口:大倉先生がジョインすることで、SOOTHの技術開発はどのくらい進んだのでしょうか。

大倉:私がスーパーバイザーとして関わる以前から、正しい方法で技術開発は行われていたと思います。社員の皆さんに感性工学の専門的知識があるわけではないのですが、過去の論文に目を通すなどして、しっかり勉強されています。
データを使うテクノロジーには「データクレンジング」という工程が欠かせません。意味のないデータをインプットしても、得られるのは意味のないアウトプットだけだからです。ルールに基づいてデータを整理し、形を揃えた上で、正しいプロセスで解析をしていく必要があります。SOOTHはそのような「お作法」をしっかり守っていました。もちろん、専門家としてアドバイスを差し上げる場合もありますが、基本的には「そのやり方で大丈夫ですよ」とお墨つきを与えるのが私の役割だと思っています。

大倉典子

額田:その「お墨つき」が重要なんです。先生に太鼓判を押していただくことで、「自分たちがやってきたことは間違っていなかった」という自信が生まれる。それが僕たちのビジネスの推進力になります。

大倉:SOOTHに関わらせていただいて私が感じたのは、「表面的にうまくいけばいい」と考えている人が誰一人いないということです。試行錯誤を繰り返して、正しい方法でデータを取って解析することを追求しています。トライアンドエラーを重視する姿勢を保ち続けているのが、ほかにないSOOTHの魅力の一つだと思います。

額田:僕たちが確立しようとしているのは、いろいろな用途に使える共通原理です。それは決して簡単にできるようなものではありません。失敗を繰り返す中でつくり上げていくものだと思っています。その姿勢に共感していただけるのは本当に嬉しいですね。

「社会実装」を大きな目標に

山口:気持センシングラボは「オープンイノベーション型プロジェクト」である。そのことを僕は今後いっそう明確にしていきたいと思っています。いろいろな得意分野と強みをもつ企業が集まって、さらにクライアント企業の皆さんとも手をつないで、これまでにない価値を生み出していきたい。そこで重要になってくるのは、課題設定を明確にすることであり、共通するモチベーションを保ち続けていくことです。

額田:大きな課題感で言うと、生活者の「声にならない声」を明らかにしていくということですよね。そこにぶれはないと思います。何度も繰り返すように、それをできる限りホワイトボックスの仕組みで実現したいと僕は考えています。
予算があるわけではないのに、問題意識をもった人たちが集まってきて、自分たちでテーマを設定し、それを追求している。それがこのプロジェクトのいいところです。プロジェクトはまだ始まったばかりなので、この成果をどうやって形にして世の中に提示していくかを今後しっかり考えていかなければなりません。

大倉:やはり、社会実装ということが一つの大きな目標になると思うんです。日本の感性工学会は21年も前に発足していたのに、後発のアフェクティブコンピューティングに主導権を握られているのは、社会実装への意識が低かったからです。脳波や視線をマーケティングに使うのが当たり前。そんな世の中に早くなるように、私も尽力していきたいと思います。

額田:テクノロジーを社会実装するということは、商用化するということであり、この取り組みをマネタイズしていくということでもあります。マーケティングの新しいプラットフォームをつくり、それをビジネスとして成功させていきたいですね。

山口:このプロジェクトから生まれるものは、気持センシングラボのソリューションになっていく可能性もあるし、参加各社のそれぞれのビジネスとして結実していく可能性もあります。あるいはメンバーのうちの2社、3社が協同でソリューションをパッケージ化してくという方向性もありうる。それらの可能性をすべてオープンにしておくべきだと僕は思っています。
今、いろいろなクライアント企業に実証実験のパートナーになっていただけないかと呼び掛けていて、すでに実験の成果が出ているケースもあります。PoC(概念実証)を繰り返しながら一歩一歩、社会実装に近づいていきたいと思います。これからも志をぶらさず、前に進んでいきましょう。

“生活者データ・ドリブン” マーケティング通信
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