Vol.8

『企業の幸福経営とはー働くひとの幸せが、大広の幸せになるー』
慶応義塾大・武蔵野大/前野隆司教授×大広/泉社長《第1回》

今回は、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授兼武蔵野大学ウェルビーイング学部長で「幸福学」の先駆者でもある前野教授との対談を2回にわたりお届けします。

第1回 ウェルビーイング経営 ―「大広でしかできない、やりたいこと、なりたい自分へ。」―

「ウェルビーイング」と「ウェルビーイング経営」とは

前野教授:
 英和辞典で「ウェルビーイング」という語を調べると、「健康」「幸福」「福祉」といった意味で記されていることが一般的です。「健康」の概念が含まれている理由は、1946年の世界保健機関(WHO)による健康の定義において用いられたものであるからです。ここで言う「健康」とは、身体的、精神的、社会的にも“良好な状態”であるとされ、この意味で翻訳される英単語が「Well-being」です。しかし、日本においては近年「幸福」という意味合いで用いられることが多くなっています。国際的な文脈では「健康」という意味でも用いられることがあります。ウェルビーイングとはこのような言葉です。
 では、「ウェルビーイング経営」とは何かと申しますと、従業員、顧客、そして経営者の三者が共に幸福である経営のことです。その必要性をデータで示しますと、幸福な従業員は不幸な従業員に比べて創造性が3倍高く、生産性も30%高く、売上が高く、離職率及び欠勤率が低いという結果が示されています。近年の研究では、従業員の幸福を追求する企業は、企業価値が高く、株価も高水準で、利益も増大すると報告されています。従業員を幸福にすることは利益にも繋がるというデータが豊富に存在するため、皆様に注目していただきたいです。
 私は、従業員が幸福であることが利益を生むからという理由で従業員を幸福にすべきだとは考えていません。幸福は基本的人権(幸福追求権)でも謳われており、すべての人は幸福な状態で働くべきだと考えています。これは楽な仕事をするという意味ではなく、意欲を持って活気に満ちた仕事をし、仕事にやりがいを感じたり、視野を広げたり、利他的な心を持つことです。顧客の利益に寄与していると感じながら仕事をする方が、狭い視野で単に指示に従い、不本意ながら働いたり、利他心もなく給与のためだけに仕事をすることに比べ、心身の健康を損ねるリスクが低いのです。高い志を持って働くことは、明らかに個人にも企業にも利益をもたらしますので、その推進を一層進めるべきであると考えます。これが「ウェルビーイング経営」の理念です。

大広でしかできない、やりたいこと、なりたい自分へ。

「幸せな働き方」の実践とは

泉社長:
 私が社長に就任してからの1年間、社員のモチベーションの向上や、自律性や創造性を育むためにどうしたら良いのかなどについて考えてきました。私自身は、単純に言いますと、辛い思いをしてまで仕事をする必要はないと常に考えています。むしろ、毎日を楽しく、元気に、仕事に取り組んでほしいと願っています。強制される仕事は辛く感じやすく、自ら進んで取り組む仕事や自ら仕掛ける仕事は、辛くないものになりやすいと思います。仕事には辛い局面や困難な局面が存在しますが、それを嫌だと感じるか、もう少し頑張れると感じるかの違いは、強制されているか否かによって大きく異なる。楽しく元気に働く社員が増えれば、間違いなく業績は向上すると私の実体験からも感じていますので、そのような企業文化を築きたいと思っています。

前野教授:
 泉社長のお話を伺っていますと、私が研究で明らかにした幸福の条件をよく理解しておられ、直感的に実践されていることが伺えます。優れた経営者は、私の研究成果と見事に一致していることが多いものです。ぜひ、その方向性を推し進めていただきたいと思います。
 人が幸せになるためには、4つの因子があることが明らかになっています。
 まず、第1は「やってみよう!」因子。「主体性」に関わる因子です。夢や目標に向かって「やってみよう!」と主体的に努力を続けられる人は、なにも行動を起こさない人よりも、幸せになります。
 第2は「ありがとう!」因子。「つながり」と「感謝」に関わる因子です。人間はまわりとのつながりの中で幸せを感じます。多様なつながりや利他性が強い人ほど幸せを味わえます。そんなつながりをつくる上で欠かせないのが「ありがとう」の心です。
 第3は「なんとかなる!」因子。「前向き」と「楽観」の因子です。ポジティブに考え、つねに「なんとかなる!」と考える人は、挑戦を必要以上に恐れることなく行動できるので、幸せになりやすいでしょう。
 最後に、第4は「ありのままに!」因子。「独立」と「自分らしさ」の因子です。いわば「本当の自分らしさ」を探し磨くこと。自分の好きなこと、得意なこと、ワクワクすることをどんどん突き詰めていくと、「本当の自分らしさ」にたどり着きやすくなります。
 これらの4つのバランスが揃っていることが、幸福度の高い人の条件です。社員のこれらの因子を高めることを意識しながら、組織の開放性、主体性、利他的行動、視野の広さなどを、さらに育てていただければ、より良い結果が得られるのではないかと考えます。

泉社長:
 私たちは顧客のビジネスを支援する立場にありますので、ウェルビーイングを企業やサービスに良い影響を与える方法として体系化し、顧客へ提供することにも取り組んでいきたいと考えています。また、その前段階として、まず社内でウェルビーイングな環境が実際に社員の成果や業績、創造性や生産性にどのように寄与するかを検証し、当社で実証実験ができれば、顧客に対する説得力や納得感を高めることができると考えています。社員が幸せに働くことが成果やパフォーマンスに直結することを実証できればと思っています。

前野教授:
 それは素晴らしい試みですね。是非実施されることをお勧めします。広告代理店における幸福度の研究は興味深いです。私の推測に過ぎませんが、貴社は人柄の良さやチームワーク、他人の役に立ちたいという意識が高いと感じます。働く人に焦点をあてた「幸せの7因子」「不幸せの7因子」という研究結果があり、その中の「不幸せの7因子」に「オーバーワーク因子」というものがありますが、広告代理店は一般にこの因子が高いと予想されます。良い企業においてもよくみられる特徴として、平均よりも「幸せの7因子」が高い傾向にある一方で、この「オーバーワーク因子」だけが突出して高い企業が存在します。良い企業が陥りがちなこの問題をどう解決するかが、大きな課題であると思います。

泉社長:
 私は、成長の途中における一時的なオーバーワークについては、一定程度許容するべきだと思っています。ただし、その後十分な休息を取る機会をもってもらうなど、後で対応する余地を残すことが重要です。一方で、目標がなく永続的な過労が続く場合や、強いられている感がある状態は、決して許されるものではありません。そうした状況は早急に是正する措置を講じるか、解消する方法を探すべきです。さもなければ、従業員の幸福感や意欲、楽しさが損なわれてしまいます。

大広でしかできない、やりたいこと、なりたい自分へ。
前野教授:
 確かにそうですね。「ワークエンゲージメント」という考え方があります。仕事に対して意義と充実感を感じている人々は、多くの場合、長時間働いてもバーンアウトや精神的な病を発症することは少ないのです。一方で、「ワーカホリック」という状況も存在し、これは期限内に仕事を終わらせる必要や、達成しなくてはならないという圧力を感じる状態です。この2つは外見上類似していますが、「やりたい」と感じることと、「やらざるを得ない」と感じることの間に大きな違いがあります。後者の状態では、バーンアウトや身体的、精神的な病気になりやすいとされています。
 幸福な状態で働いていれば、つまり、先に述べたように、視野を広く持ち、他者を思いやり、仕事に充実感を得て、自分で行動を決定していれば、多少の過労があっても問題はないとされています。

泉社長:
 そうですね。従業員ひとり一人には、ぜひ、「大広でしかできない、やりたいこと、なりたい自分」を自ら見つけ出して、そこへ向かって活動を高めていってもらいたいです。それが自らの幸福につながるだろうし、大広の幸福にもなると思います。

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