Vol.9

『企業の幸福経営とはー働くひとの幸せが、大広の幸せになるー』
慶応義塾大・武蔵野大/前野隆司教授×大広/泉社長《第2回》

今回は、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授兼武蔵野大学ウェルビーイング学部長で「幸福学」の先駆者でもある前野教授との対談を2回にわたりお届けします。

第2回 パーパスとウェルビーイング経営―「Our Purposeのその先へ。“My Purpose”」―

社員の幸せのために ―パーパスと経営―

前野教授:
 社員が幸せに、生き生きと働くために必要なことの一つとして、理念の普及があります。パーパス経営や理念経営と称されるもので、すべての従業員が大きな目標を共有し、努力していくことで一体感が醸成されます。従業員の視野が広がり、より大きな理念の実現のために勤めているという意識を持つことができます。また、コミュニケーションの充実も同様に重要です。従業員がお互いの不満や満足を共感し、効率的なコミュニケーションを通じてそれを共有することが、組織運営において欠かせないと言えるでしょう。

泉社長:
 大広の社員は自己実現への強い欲求を持っていると認識しています。この欲求は、業務の充実感、自身の成長実感、同僚との感情共有、さらには報酬や個人に適した労働形態など、様々な要素で構成されています。これらの要素が企業の制度、運営、メカニズムと調和していることが肝要です。この調和が保たれた状態こそが、理想的なウェルビーイングの実現と私自身は考えています。
 各個人のウェルビーイングはそれぞれ異なります。そのことを理解し、お互いが相手にとってのウェルビーイングを適切に認識することが、利他的な精神を培う上で重要です。経営やマネジメントも、この認識を共有する必要があります。なぜなら、これにより、協力的なチームワークを築くことが可能になるからです。相互の尊敬と理解は基本的なことですが、極めて大切です。これが進めば、部署や組織を超えた連帯感や、会社の結束力が育まれ、全員が共通の目標に向かって進む組織に発展するでしょう。
 会社の利益も、本来は部署や本部の成績を超越し、企業全体の数字が重視されるべきだと考えています。最終的には個人の評価システムは不要となり、利益を社員全員で公平に分配する、そうした理念の下で運営される企業を目指したいと思っています。

前野教授:
 私が観察している幸福な企業とは、まさにその様な状態にあります。評価を超えて、集団全体として共同で成果を達成するという意識が根付いているのです。アドラー心理学における幸福の理論には、「共同体感覚」という概念があります。これは、コミュニティ内の皆が仲間であるという感覚を指し、内部の不和を極力排除した状態です。結果として、利己主義が後退し、究極的には、このような状態が、幸せな企業の理想的な在り方だと考えます。

パーパスとウェルビーイング経営―「Our Purposeのその先へ。“My Purpose”
泉社長:
 一方で、評価が競争力を形成している側面もあると思います。新卒で入社してくれた社員も、中途で入社してくれたメンバーにも、それぞれが自分なりのキャリア志向を持っていると思います。その中には、マネジメントに携わりたいとか、成果に見合った報酬を得たいと考えている社員も一定数いるはずです。そのような人々に対して、分配などの手法が適合するのかを思案することもあります。評価の部分と分配の部分を、適切に組み合わせるべきかとも考えます。

前野教授:
 幸福の研究によれば、「他人の目を気にする人は幸福度が低い」との結果が出ています。肝心なのは、他人の目を気にして心理的に敗北感を抱かないことです。人の目を気することにより幸福度が低下するのです。評価結果を公表することによって敗北者を可視化しないこと、また、成功者を称賛してもいいのですが、失敗者を責めないことが重要です。成功者以外の努力も認め称賛するべきです。これは甘やかすということではありません。今回の成果が低かったとしても、次への努力を促す姿勢が重要です。成功者だけでなく、全員がやりがいを感じるシステムを構築することが、今の会社では求められています。難しいことですが、実現可能だと私は考えています。このバランスこそが、経営者の手腕を発揮すべき場所ではないでしょうか。

泉社長:
 確かにその通りです。私たちはクライアントのビジネスを支える存在であります。我々の安定的な利益を生み出すために、大広に期待を寄せ、選択してくれる企業を増やすことを目指し、私たちのオリジナリティ、独自性、強みを活かして取り組んでいます。しかし、その実現にのみ注力すると、成績や業績ばかりに目が向きがちになってしまいます。それは従業員にとっても幸せではありません。業績の変動には多くの要因があり、それらをきちんと分析・理解し、経営陣が問題意識を持つことがまず重要です。それを社員と共有し、解像度を上げ、最終的には成功してもそうでなくても、今年、来年、その先と、状況や展望を共有できるようになれば、自ずと全員が幸せになり、それが大きな推進力となるはずです。現在の大広は、まだその力が十分に発揮されていないと感じます。現状を正確に把握し、要因を分析し、仕組みや制度、運用を考えると同時に、最終的には従業員がいきいきと楽しく働ける方法をどう構築するかが重要だと考えています。

前野教授:
 経営者トップとして一年間尽力されたことに敬意を表します。その中で重要なのは、従業員個々人が上からの命令で行動するのではなく、ボトムアップで意見を出せ、その意見を集約できるような仕組みをどのようにして充実させていくかだと思います。例を挙げるならば、「やりがいとつながりのある幸せな会社とは何か」を全員で考える取り組みなどがあります。従業員が自らの意見を出し、共感するプロセスを経て作り上げた概念と、経営者が一方的に決めた概念とでは、本質的に異なります。このような仕組みを少しずつ従業員に任せ、主体的に取り組むことで、主体性を育成していくことができるのではないでしょうか。

泉社長:
 その観点から申し上げますと、昨年の5月に「パーパス」プロジェクトを発足し、社員みんなが何らかの形でパーパス策定に関われる仕組みで策定しました。それは「想いに火をつけ、ともに想像以上の未来を。」という言葉です。大広において働く共通目的や意義を全社員で持つことを目指すプロジェクトでした。このプロジェクトは非常に熱意をもって推進されました。参加を志願する熱心なメンバーが集まり、参加が困難なものの関与を望む社員も多く、さらには全社員を対象にアンケート調査などにも取り組みました。これは非常に有益な取り組みとなり、完成したパーパスは多くの共感をいただけていると感じています。「想い」とは、顧客、社会、そして社員の各々が持つ志向や考えや願望などを指します。これらをきちんと形にしていくことが私たちの願いです。「ともに」という言葉は、私たちだけではなく、顧客、一般の生活者、社会、クライアント、または社員同士が協力しながら実体化していくプロセスを意味し、それが私たちの想像力を超えるものになっているか。「想像以上の未来を。」という言葉で文を止めました。これは敢えて、未来に対する各社員の思考を促すためであり、今置かれている状況において、社員一人ひとりが自らの思考で、どのような行動を取るべきかを自身で決めていくべきだと考えたからです。もっと言いますと、ひとり一人が自分のやりたいこと、なりたい自分を思い描き、そこと大広のパーパスとの接点を見極めて、自分自身の“マイ・パーパス”を考えてほしいと思います。そこをしっかり持って働くことが幸福な働き方につながるのだと思います。

パーパスとウェルビーイング経営―「Our Purposeのその先へ。“My Purpose”
前野教授:
 素晴らしいですね.の大広のパーパスには、視野の広さ、利他性、主体性が含まれています。幸福やウェルビーイングの研究を行う私から見ても、ウェルビーイングを追求する企業だと感じます。また、力強さも感じられますね。

泉社長:
 そうですか。その言葉をいただけるとは光栄です。社員が自主的に発案し、共同で構築してきた結果に、大変感謝をします。

ウェルビーイング経営がもたらす「想像以上の未来」とは

前野教授:
 私は「ウェルビーイング」が日本の将来に変革をもたらすと確信しています。幸福な労働環境は創造性を3倍に高め、生産性を30%向上させます。また、健康で長寿な生活をもたらします。実際、平均寿命が7年から10年程度延びるのです。現在、日本は閉塞感に包まれていると言われていますが、従業員の幸福度向上に努める企業が増えれば、イノベーションが起こり、長年続いた日本の低迷から転じて、良質なものが日本から世界に広がっていく可能性を秘めています。貴社のような企業が各業界から現れ、連携を図ることで、日本はもちろん、世界の活性化に寄与すると私は強く信じています。現代は少子高齢化が問題視されており、未来に暗い影を投げかける声もありますが、人々が幸せであれば結婚する人も増えるでしょう。幸福な人々が結婚し、3人の子供を持つことが最も幸せであると言われていますので、幸福感が広がれば少子高齢化の問題も解決へと向かうと考えられます。
 ぜひとも積極的に、従業員と社会の幸福を追求する経営を推進していただきたいと思います。本日は貴重なお話を伺えて感謝しています。

泉社長:
 こちらこそ感謝申し上げます。私は、現代は自己中心的な文化を脱却すべき時代にあると考えております。常に強調しておりますが、社の利益を優先する前に、クライアントの利益を確実に生み出すべきです。クライアントのビジネスの拡大があって初めて、我々のビジネスの成長が存在します。その先に、より大きな社会や世界、未来に対して、我々がどれだけ貢献できるかを考える必要があります。本当に利他的でなければ、事業は継続できません。自社の利益のみを主張していては、仕事は生まれません。我々が提供できる価値、サービス、スキルを適切に有償化することは必要ですが、クライアントや顧客、生活者、社会全体に対し、我々のアイデアを活かし、世の中の不を解消していくことが大切です。そうすれば、日本においてもまだまだチャンスがあると考えております。
 本日は貴重なご意見を賜り、心より御礼申し上げます。

パーパスとウェルビーイング経営―「Our Purposeのその先へ。“My Purpose”
◆プロフィール
前野隆司(まえの たかし)
慶応義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授、同大学ウェルビーイングリサーチセンター長。博士(工学)。
キヤノンなどを経て現職。2024年4月から武蔵野大学ウェルビーイング学部長兼任。
日本におけるウェルビーイング研究の第一人者として幸福学、幸福経営学、イノベーションの研究・教育を行っている。
著書に『ディストピア禍の新・幸福論』『ウェルビーイング』『幸せな職場の経営学』『幸せのメカニズム』『脳はなぜ「心」を作ったのか』など多数。

◆大広 ウェルビーイングデザインセンター
「おたがいにウェルビーイングを育みあえる良い関係性づくり」を目指して発足。
企業で働く人々のウェルビーイング向上を支援する事業の開発や、
複数のステークホルダーによる地域活性化の事業共創等に取り組んでいる。
また、講演等を通したウェルビーイングに関する啓発活動も行っている。

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